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Buontempo~!

ブログ名はイタリア語で「気ままな暮らし」 テキト~に更新しま~す^^

バンドやろうよ!1981(2) 

ペパーミントとして新たなスタートを切った僕らは、勉強そっちのけでバンド活動に没頭した。新メンバーに加わったドラムスのKはルックスも良く、ドラムの腕も抜群だった。彼が加わることにより、バンドとしてのクオリティーが一気に上がっていくのが手に取るように感じた。
 
 サイドギターのTの家で練習をしていた僕らだったが、必ずしも大きくなく防音設備もない普通の家だったため、しばらくすると近所からクレームがあった。練習場所がなくなった僕らは途方に暮れた。電車で一駅の場所に貸しスタジオもあったが、練習の度にそこを使用できるほど金がなかった。そこで、倉庫を持っているような大きな民家に飛びこんで倉庫を貸して欲しいと頼んで歩き回った。今考えると、よくあそこまでできたな~と我ながらビックリしてしまうが、それが若さなのか当時は演奏をしたくて必死だった。あの頃はまだ牧歌的で、現在のように少年犯罪もなく、見ず知らずの僕らに演奏場所を快く提供してくれる農家があった。信じられないことに、メンバーでお金を集めて場所代を払おうとしても「空いている場所だから」と笑い、受け取ってくれなかったおじさんとおばさん。本当にありがたかった。このことは、20数年を経た今でも心に強く残っている。

 新たな練習場所を得た僕らの演奏活動はますます熱を帯びた。目標にしていた文化祭での演奏は、ドラムスが他校の生徒だったため出演できなくて悔しい思いをした。しかし、僕らはもう、そんなちっぽけな目標では気が済まなかった。「文化祭がダメなら、公民館を借りてワンマンライヴやろう!」ということになり、手作りのチケットを配りまくった思い出がある。田舎の高校生だったせいか、当時、ライブハウスで演奏しようとは思わなかったが、自分たちの演奏に自信が持てなかったこともあったと思う。しかし、公民館で行ったライブは大盛況で多くの仲間が集まり、僕らの演奏するロックンロールに酔いしれてくれた。

キャロル


 ライブも演り、バンド仲間の間でも名が売れてきた僕らは、演奏曲がオリジナルを含めて50曲ぐらいにはなっていた。僕らの夢はさらにエスカレートして、コンテストに出てみようということになった。この頃になると「プロ」も多少、意識し始めた時期だった。PAやアンプ設備の整ったピカピカのスタジオでデモテープを作成し、あのサザン・オール・スターズも出た「ヤマハ・イーストウエスト・コンテスト」に応募した。テープ審査をパスして東京ブロック大会に出演したが、あえなく敗退した。言い訳がましいのだが、初めてのコンテストということで極度に緊張し、アンサンブルもバラバラ、僕の声はうわずり、リードギターはイントロを違う曲にしてしまうといった有様だった。

 を取りなおして挑んだ次のコンテストは「ロック・イン」というコンテストだった。1次審査はパス。予選では演奏の前にバンドの誰かがウイスキーの小瓶をぐっと飲み、みんなで回し飲みをして緊張を和らげた。結果はヤマハのコンテストの時より数段出来は良かったが、残念ながら敗退し本選まで行けなかった。当時のバンドはRCサクセションのようなハード・ロック系、へビィメタルが主流でロックンロールバンドは僕らを含めて2バンドぐらいしかなく、また、ウエストコースト系のサウンドが流行り始めた時期だった。対バンの連中は各バンドともメチャメチャにレベルが高く、僕らの音がいかに幼稚か思い知らされた大会でもあった。後日談だが、この大会のグランプリはあの尾崎豊、前年のグランプリはストリート・スライダースだったという。

 挫折した僕らの間では音に幅を持たせるため、新メンバーを入れようという動きがでた。リードギターのSの口利きで、ピアノにI(女性メンバー)を入れようということだったが、あくまで男だけで5人編成にこだわっていた僕は到底納得できなかった。当時、メンバーに「6人編成で女が入ったらサザンじゃん!こんなのロックンロールじゃねえよ!」と悪態をついたのを昨日のことの様に憶えている。こうして、新メンバーを加えた僕らはしばらく活動を続けていたのだが、音楽的理由(僕の指向も荒々しいものから、佐野元春を代表としたような都会的なロックンロールに変わった)ということで僕は脱退し、バンドは2年弱の歴史に幕を降ろした。

 れから20数年、様々な音楽に接してきた僕は自宅の屋根裏部屋で独りエレキギターを掻き鳴らしている。当時、クビになったサイドギターのパート。Dセブンスのカッティングで始まる曲は、キャロルの「ルイジアンナ」だ……。

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Comment

Name - taki  

Title - 宝物

かなり濃い2年弱だったんですね。楽しかったんだろうなー。

それにしても、農家のおじさんとおばさん、昔はこういうことがあったんですね。いいなあ。

この時期の思い出は一生の宝物でしょうね(^^)
2007.07.23 Mon 20:11
Edit | Reply |  

Name - ピッピ。  

Title - 

バンドに熱中しすぎてあまり勉強しなかったので、今は苦労していますヨ(苦笑)。

しかし、当時を振りかえるとバンド活動はやはり一番の思いでですね。

僕は部活動をしていなかったので、バンドは部活(軽音楽部)みたいな感じでしたかね。

部室はもちろん、農家の倉庫です!






2007.07.23 Mon 22:31
Edit | Reply |  

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